三重県 メナード青山リゾート ジャーマンカモミール 撮影: 超空正道
光 明 遍 照
暗黒・闇・漆黒・ダークといった言葉から連想するものは、まさに無明、何も見えない世界です。そこには、不安と恐怖しかありません。生きとし生けるものにとって、光明はなくてはならないものです。『旧約聖書』の「創世記」に、神が天地を創造され、先ず「光あれ」と言われたとあるのも、そのようなことを考えれば、納得できましょう。しかし光は、単に輝く明るいものというだけでなく、追究していくと、深遠で奥深く、科学においても宗教においても、未だ掴み切れていないものでもあるのです。
仏教において、光に関する記述は、随所に出てまいります。『法華経(序品)』に「仏、眉間白毫相より光を放ちて、東方万八千の世界を照らしたもうに、周遍せざることなし」とあります。『無量寿経』には、無量寿仏(阿弥陀仏)の異名として、無量光仏・無辺光仏・無礙光仏・無対光仏・燄王光仏・清浄光仏・歓喜光仏・智慧光仏・不断光仏・難思光仏・無称光仏・超日月光仏という十二光仏のことが語られています。それは阿弥陀仏の智慧や徳相・威神力を象徴したものと考えることが出来ます。
それをさらに発展させ、光の輝きそのものが仏の名称となったのが、毘盧遮那仏(大日如来)です。
つまり、このように表現される光、あるいは光明は、仏・菩薩が内在している智慧や慈悲や威厳といったものを象徴しているのであり、仏像には光背というものがありますが、それを可視化、具現化したものであることに違いありません。
ここで、『正法眼蔵』の「光明」の卷に、雲門山大慈雲匡真大師が、あるとき、上堂して衆に示して、「人々の尽くに光明が具わっている。しかし、見ようとしても暗昏々として見えない。どのようにして、是れ諸人の光明は在るのか」と問われた。しかし、衆は、誰一人答えるものはなかった。そこで、師は自ら代わって「僧堂・仏殿・廚庫・山門」と答えられた――という逸話から、道元禅師は、光明について語っておられます。しかし、これが難物ですので、別の観点から考えてみます。
仏・菩薩、人にもそれぞれ光明があるというのですが、『恵信尼消息』に、この光明について実に興味深い記述があります。これは、親鸞聖人没後、その妻であった越後の恵信尼が、娘である京都の覚信尼に送ったもので、次のような内容です。
さて、常陸の国、下妻のさかいの郷というところにいたとき、夢を見ました。それはお堂の落慶法要かと思います。 お堂は東向きに建っていて、宵祭りが行われているのでしょうか、お堂の前にはたいまつが明るく燃えていました。 たいまつの西のお堂の前に、鳥居のようなものがあり、その横木に仏の絵像が掛けられていましたが、一つは普通の仏のお顔ではなく、仏の頭光のようであり、はっきりとお姿を拝見することができず、ただ光輝いているばかりでいらっしゃいました。もう一つは確かに仏のお顔でしたので、「これは何という仏さまなのでしょうか」と尋ねると、答えた人は誰であるかよくわかりませんが、「あの光輝いているばかりでいらっしゃるのは、まさしく法然上人です。それは勢至菩薩なのです」というので、「それでは、もう一方は」と尋ねると、あれは観音菩薩です。まさしく善信の御房(親鸞)ですよ」とおっしゃいました。その時はっと目が覚めて、夢であったとわかったのです。けれども、こんなことは人に話すものではないと聞いていましたし、わたしがそのようなことをいったところで、人は本当のことだと思うはずがないので、まったく人にもいわないで、法然上人のことだけを殿(親鸞)に申しあげると、「夢にはいろいろあれど、これぞ実夢である。法然上人は勢至菩薩の化身であると、夢に見ることもよくあるといわれ、また、勢至菩薩はこの上ない智慧そのもので、そのまま光となって輝いていらっしゃるのだ」と仰せになりました。観音菩薩のことは申さずにおりましたが、その後は心の中で、(親鸞さまを)普通の方とは思わずに過してきました。あなたもこのようにお心得ください――。
いかがでしょうか。確かに、威光、オーラ、光明というか、近くによると光り輝いて見える人はいるものです。恵信尼にとって、法然上人も、親鸞聖人もそのような存在であったのでありましょう。しかし、この光は、ラジオやテレビと同じように、自分の方で周波数を合わせないと、聴くことも観ることも出来ません。そして、うまく波長が合致したときには、自らも共振して、光り輝くのだと思います。
『観無量寿経』に「光明遍照十方世界、念仏衆生摂取不捨」と、阿弥陀仏の救いの光は、あまねく全世界に及んでいると表現されてはいますが、実際にその光明が見えている人は極めて少数です。しかし、仏像・伽藍・山河大地・自然の何もかも・個々の人、さらに人が作り出すものからも、光明は発せられており、見ようとしないから見えていないだけです。法然上人が詠まれた、「月影のいたらぬ里はなけれどもながむる人の心にぞすむ」は、まさにそういうことでしょう。
(潮音寺 鬼頭研祥)