法話11月

撮影: 超空正道

にょもんかくごとく我は聞けり)

 私どもの宗派では、檀家の方々にお読みいただけるようにと編集された『浄土宗西山勤行式せいざんごんぎょうしき』という経本があります。当然のことながら、ここにはお経が記載されています。ただ、その全てが厳密な意味でのお経かというと、必ずしもそうとは言えない面があります。なぜ、そうなのかを説明する上で、知っておいていただきたいことがありますので、しばらくお付き合い下さい。

 あの孫悟空で有名な『西遊記』に出てくるお坊さんのことを三蔵法師といいますが、実は、三蔵法師というのは、「三蔵に精通した法師」という意味で、本来、固有名詞ではありません。たとえば、日本で、天皇から高僧への諡号しごうである「大師」は、固有名詞ではありませんが、お大師様というと、弘法大師を指すと同じように、三蔵法師といえば、インドから、大変な苦労の末にたくさんの梵語の経典を持ち帰り、中国語に翻訳された玄奘三蔵を指すことが多いようです。『西遊記』の三蔵法師は、玄奘三蔵がモデルになっているということからすれば、もっともなことかもしれません。

 では、その三蔵とは何かというと、「三種のかご」というのが梵語での元の意味です。ここでいうところの篭は、単なる容れ物という意味ではなく、仏教の経典(経蔵)、戒律書(律蔵)、注釈書(論蔵)の三種は、仏教の意義内容を包蔵しているということから、三蔵と呼ぶわけです。つまり、仏教の典籍をひっくるめたものと考えていただければよろしいかと思います。そして、それら全てをまとめ上げたものを、『大蔵経だいぞうきょう』あるいは、『一切経いっさいきょう』といったりします。ただし、意外に思われるかもしれませんが、釈尊ご存命中も、入滅された当初も、三蔵はありませんでした。そのころの釈尊の教えは口伝で、釈尊ご自身では、典籍をひとつも著されなかったのです。伝承によると、釈尊の滅後まもなく、異論が広がるのをおそれ、教団を統一するために、五百人の比丘びくたちが集まり、最初の編集会議が開かれたといいます。これを第一結集けつじゅうと呼び、長老であった摩訶迦葉まかかしょうが座長となり、阿難あなん優波離うぱりがそれぞれ、経(教法)と律(戒律)の編集主任を担当したとされ、このとき初めて、経典と戒律のテキスト、二蔵が成立したのです。

 その後、経蔵と律蔵の注釈書である論蔵が加わり、ここに三蔵が成立し、その編集会議である結集は、今日までに、つごう六回行われました。六回目の結集は、仏誕二千五百年を記念して、一九五四年にビルマ(ミャンマー)のラングーンで開催されています。
 このような経緯から、時代を経る毎に三蔵の量は増え続け、これまでにパーリ語・中国語・チベット語・モンゴル語等による大蔵経が、いにしえの時代より、それぞれの国の先人たちの血のにじむような努力によって作られてきました。『大正新脩大蔵経たいしょうしんしゅうだいぞうきょう』(1922~34年)は、全85巻3053部11970巻のほかに、図像と総目録を加えて100巻よりなり、正に日本人の手による、誇るべきその集大成といえましょう。そして近年、その英訳作業が、仏教伝道協会創立者である沼田惠範氏の発願によって始められ、これからおそらく何十年、いや何百年かかるか分かりませんが、『英訳大蔵経』が完成を見たとき、世界平和に大きな影響を与えてくれるのではないか、そんな期待と願望をいだかせてくれます。
 さて、『大正新脩大蔵経』には、三蔵の他に、中国及び日本の高僧方の著作も、多数収められています。ですから、冒頭で申し上げた、『浄土宗西山勤行式』は、『大正新脩大蔵経』の中から、我が宗派に必要とするものだけを選び取った、大蔵経の一部分であるということです。広い意味でのお経であるといっても間違いではありません。

 しかし、狭い意味というか、厳密な意味からすれば、三蔵、すなわち経蔵・律蔵・論蔵の内の経蔵のみが、経であるといわねばなりません。この経は、先に述べたとおり、第一結集の折に、釈尊に長年仕えてきた阿難によって、まとめ上げられたことが起源となっています。ですから、その書き出しが、「如是我聞」、つまり、阿難が「私は、世尊からこのように聞きました」といって、その教えを語り始めるという形式になっているわけです。
 これまで、日本仏教の各宗派が読誦してきた経典は、『阿弥陀経』・『法華経』・『般若経』等、ほとんどが大乗経典です。これらは、歴史的に見れば、釈尊入滅後、何百年も経ってから成立した経典です。もちろん、阿難はもういないはずですが、「如是我聞」で始まります。それでいいのです。経典を読誦するときは、「今、阿難尊者から、世尊の教えを聞かせていただくのだ」という真摯な気持ちこそが、大切なのであります。

      (潮音寺 鬼頭研祥)

 


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