
豊田市松平町「高月院」 撮影: 超空正道
和 敬 清 寂
愛知県、犬山城の東にある日本庭園「有楽苑」の中に、国宝茶室「如庵」があります。茶の湯の創世期に尾張の国が生んだ大茶匠・織田有楽斎(織田信長の弟)が建てた茶室で、京都山崎妙喜庵内の「待庵」、大徳寺龍光院内の「密庵」とともに、現存する国宝茶席三名席の一つということです。その間取りは「2畳半台目」、つまり通常の畳2畳+半畳+台目畳という広さで、台目畳を4分の3の長さとして換算すると、3.25畳ということです。千利休は、待庵で2畳という究極の最小限空間の茶室を造りましたが、有楽斎はそうした狭い茶室を「客を苦しめるものなり」として避け、もう少しゆったりとした茶室を造ったということです。
今回、たまたまこちらを見学させてもらいましたが、それはすばらしいものでした。京都などの名園に負けないくらい手入れのよく行き届いた庭の中に、調和よく佇たたずみ、茶道のことはよく知らない私が、小難しい作法や理屈抜きで、有楽斎のような方から、二人きりでお点前していただける至福の時を持ち得たら、なんてありもしないことを想像してみたくなるような茶室でした。
余談になりますが、愛知県には見るべき物がないとよく言われますが、有楽苑、そして、この如庵は、とても文化的価値が高いものであることが今回分かりました。また、近くには博物館明治村、世界屈指のサル類動物園の日本モンキーセンターもあります。みな独立した施設ですが、それぞれ名古屋鉄道の資金援助なしには存続が危うい、いわゆるお金のかかる文化施設です。名鉄はケチだとか悪口を聞かないわけではないですが、こういう所にお金を使ってくれていると思うと、エールを送りたくなります。
さて、本題に戻ります。茶道で最も大切にされている精神というか心構えは「和敬清寂」だといわれます。茶室のような小さな閉ざされた空間にあって、別々の人間と人間が対するわけですから、互いの信頼関係と落ち着きがなくては、静寂で安寧な間がとても持ち得ないからでしょう。些細な悶着でも耐えがたいものとなります。もっとも、それは茶室の中だけではなく、一歩外に出たら忘れても良いということではありません。普段の生活の中でも、この和敬清寂の精神は常に心掛けるべきことに違いありません。
つまり、和敬清寂は茶道での心構えではありますが、良好な人間関係や共同体を構築するために心掛けるべき大切なことです。そこで、考えてみました。唐突に思われるかもしれませんが、茶室に似た空間として宇宙船があります。いずれも、狭く閉ざされた空間で、平和で安寧な状態を持続しなくてはならないということです。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙飛行士候補者の募集要項には、心理学的特性として、「協調性、適応性、情緒安定性、意志力等国際的なチームの一員として長期間の宇宙飛行士業務に従事できる心理学的特性を有すること」とありました。一方、アメリカ航空宇宙局(NASA)の選考基準を、斉藤茂太氏が次のように紹介されています。
① 他人への思いやりのある人間
② 何事にも寛容で耐えられる人間
③ グループのために奉仕できる人間
④ 同僚としての魅力ある人間
⑤ 危機にもリラックスできる人間
これに対して、選考に外れる人格としては、以下が挙げられています。
① 短気ですぐにイライラする人間
② 完全欲が強く物事にこだわる人間
③ 衝動的ではずみで動く人間
④ 精力的で行動過多になる人間
⑤ 好訴性・攻撃性の強い人間
これまでに日本人の宇宙飛行士は13人(現役7名、退役6名)いらっしゃいます。テレビでしか拝見する機会はないですが、なるほどと思わせてくれる方々ばかりです。その一人、油井亀美也さんは、元航空自衛官でF―15戦闘機のパイロットとしても活躍された方で、普通ならば強面を想像しがちですが、そうではないようです。こんなエピソードが新聞に掲載されていました。
名前の「亀」のように、穏やかでおっとりした子どもだった。長姉の関口夏美さんは「家で怒っているのを見たことがない」と振り返る。次姉の油井恵子さんがよく覚えているのは保育園の運動会。駆けっこで前の子が転ぶと、立ち上がるのを待っていた。「そのまま走って一位になればいいのに、後ろから付いていってビリになっちゃった」と苦笑する。……
近年の風潮として、言っただけ儲けというのでしょうか、ずいぶん騒がしい人が増えました。しかし、我々茶道を知らずとも、宇宙飛行士ではなくとも、和敬清寂の精神を保持できるよう、心掛けたいものです。
(潮音寺 鬼頭研祥)