今年の宮中歌会始のお題は「岸」でした。両陛下は東日本大震災で大きな被害を受けた人々に思いをはせたお歌を詠まれました。陛下は津波の被災地をヘリから見たときの印象を、皇后さまは未だ帰り来ぬ家族を待つ人の姿を詠まれました。
津波来(こ)し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる (天皇陛下)
帰り来るを立ちて待てる季(とき)のなく岸とふ文字を歳時記に見ず (皇后さま)
そして、1万8千首余から選ばれた10人の方々の歌の中に、
とび石の亀の甲羅を踏みわたる対岸にながく夫(つま)を待たせて (京都 大石悦子さん)
という歌がありました。
京都の市内を南北に流れる鴨川は両岸に桜や柳などの木々が植えられ、水遊び、散策、ジョギングの場として市民に親しまれています。そして、川中には角石や亀の形をしたとび石を並べて対岸に渡れるようにしたところがいくつかあります。ところがとび石の間隔が意外と広く、子どもや女性は石を選んで飛び移るようにしなければなりません。歩幅の広い夫はさっさと渡り終えてすでに対岸に上がってこちらを向いています。しかし、歩幅の小さい大石さんは水に落ちないように石を選びながら、おっかなびっくり踏みわたるのでどうしても遅れてしまいます。夫はそんな大石さんを微笑みながら待っているのです。ほのぼのとしたとても幸せな光景です。大石さんはこの幸福感とともに、川を渡るということを人生になぞらえたのです。翌日のA紙に掲載された大石さんの言葉です。
「その時ふと思ったのです。彼岸と此岸(しがん)。生と死。今、待ってくれる人がいるとは、なんと幸せなこと。この気持ちを歌い込みたい」と。
夫婦二人が手を携えて人生という川の流れを彼岸に向かって渡っているのです。先に彼岸に到達した夫が、こんどはやさしく此岸の私の歩みを見守り待ってくれている、待たれているという幸せをかみしめたいと言うのです。清らかで心温まる歌ではありませんか。
大石さんは両陛下から歌の場所を聞かれて「出町柳です」と答え、また「対岸に待つという行為に死者と生者(しょうじゃ)の関係が重なってしみじみとした感情になったと申し上げました。とても共感していただきました」ということです。皇后さまのお歌の背景に相通じるものがあるから共感されたのではないでしょうか。